すいみんせいかつ


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forgiven



アルフォンスは手に銃を持ってかたかたと震えていた。
オレはそれをぼんやりと眺めながら、どうしてアルは軍服など着ているのだろう、と上手く回らない頭で考えていた。
無駄なものなど一切ついていないアルの身体に、青い軍服はとてもよく似合っていたけれど。
眉を顰める。
とりあえず弟の震えを止めることが最優先だった。部屋の真ん中におかれた大きな机の前へ赴く。
幸い部屋の主はいない。
近付くとアルはまるで叱責を受けることを怖れる子供のようにぎゅっと目を瞑った。
皺の寄った眉間を、ほぐしてやりたいと思う。オレは笑った顔が好きなのだ。ゆっくりと生身の右手で弟の前髪をかきあげると、アルの身体はびくりと強ばった。

「アル、どうした。」

静かな声で問う。
その間もアルの身体は震え続けていたので、肩を引き寄せ抱きしめた。
アルの震えが伝わる。
こいつが何かを怖がっているなんて珍しいことだ。
恐怖は真実を見抜く目を鈍らせる。
いつだって澄んだ目を持つアルは、時に冷酷なほどに真実を告げて見せるのに。
青い軍服の下には白い肌がある。俯いたアルを見下ろすと、きっちりとボタンの留められた襟元から咽がちらりと見えた。ごくり。唾を飲む。

「怖いのか。」

優しく問いかける。
アルがこんなにも怯えているのでなければ、ここにいるわけも、その服装のわけも、そしてその手に持った銃の理由も全て力ずくで聞き出している。だけど、何度でも言うが、今目の前にいるアルが震え続けているなら、それを止めてやる方が先だった。
オレの声に、アルは答えない。
ただまた、ごくりと唾を飲む音がする。震え続けている。太もものあたりから、アルが両手を離そうとしない銃がかちゃかちゃと耳障りに音を鳴らした。

「アル。黙ってたらわかんねーだろ。」

こんなに震えていても、アルは涙を溢さなかった。目を見つめても、涙が浮かんでいる様子すらない。
アルはただただ震えていた。
それもまた、弟にしては珍しいことだった。
生身の身体を取り戻してから、今までの分をとりもどすかのように呆れるほど些細なことで泣いていたのに。

「アル。」

優しく促す。かちゃり、とまた銃の音。強ばった身体はほぐれずに、弟は目を上げようとしなかった。

「アル。何があっても守ってやるから。」

アルの目が微かに揺れた。
迷っている時の目だ。
この弟が、虫一匹殺せないような優しさを持っている癖に、許せないものやことに対しては、驚くほど冷淡になることを知っている。けれど、アルが許せないものなんて滅多にないということも。そしてそれは大抵人ではない。犯された罪や、悪意といった物事なのだ。いつか、オレのことを優しすぎると言った人がいたけれど、それを素直に受け止められなかったのは、アルの方がオレなどよりもずっと心が広いからだ。
アルは今、何かを許そうとしている。そう漠然とう思った。なんの根拠もない。けれど、アルのこの目はオレが最初にアルを求めた時に見た目だった。
大抵は許されてしまう、アルの迷い。

けれど、震えが止まり唐突に刺さってきたのはアルの痛いほどに真っ直ぐな視線だった。

「……アル?」
「ごめん、兄さん……ごめん。」
「何、」
「あのね……ボクを殺して欲しいんだ。」

言われた意味がわからなくて、オレは黙ってアルの瞳を見つめ返した。
いつものような目じゃなかった。
まっすぐ見つめてくるアルの瞳は明るいのに。
今日の目はひどく、暗い。湖の底みたいだ。

がたり、とアルは唐突に跪いた。
軍の狗になってから聞き慣れてしまった、銃の安全装置を外す音。

「なに……いってんのかわかんねーよ。」

ようやく出した声は掠れていた。
アルは黙っている。
再び俯いたアルの手の上で、銃がひっくりかえされる。銃身を持って、オレの方へと差し出す。

「おい、」

慌てて傍らに跪いた。顔をのぞき込もうとしたけれどかなわなかった。
金色の睫毛がアルの視線すら隠している。

「……ねがいだか…ら…ころし…て。」

ぼそり、と小さく呟かれた、声。
消えそうな声。

「お前の身体を取り戻したオレにそれを言うのか。理由も無しに。」

耳元で呟く。いつも甘い言葉を囁く距離で。
黙って頷くのを確認する、アルの声は泣きそうに高い。

「おねがい。兄さんがやらないならボクは自分で死ぬから。でもこの命は兄さんのものだから。だから兄さんが壊して。」
「オレはお前の命を所有しているつもりなんてない。それに何だよ、その言い方――」
「おねがい、おねがい、なにもきかないで。もうだめなんだ、どうしてもだめなんだ、もうボクには許せないんだ――だから――」
「何をだよ。自分の罪をか。死んだって何もならないことをおまえは、」
「知ってるさ!知ってる……でももう駄目、耐えきれないんだだから許して。」
「アル、」
「許して。唯一ボクを許せるのは兄さんだけだから。お願い、許して兄さん。」

落ち着いているようで、いつもより早口の言葉はアルの限界を伝えている。
そっと肩に触れて、ようやくアルフォンスが本当はまだ震えていたことに気付いた。

ぎゅっと軍服の襟を掴んで引き寄せる。
無理矢理上向かせると、緊張が途切れたのか見開いたままの瞳から涙がこぼれた。

「……怖い…よ……っ!」

諦めるような声。柔らかいのに切れそうな絹糸のように鋭い。
その声を塞ぐように乱暴に口づけた。
深く深く、この世の誰よりも深く深く。とろけるほどの口付けをアルに。
とまらない震えすら絡め取るように。
愛してる、という言葉なんかじゃ足りないほどオレはお前の全てが愛しくて、いつだってお前を欲している。伝わっていると思うのに湧き上がる衝動は抑えきれなかった、あの日よりももっと昔、きっと生まれ落ちたときからそういう運命。



「だったら一緒に死んでやる。」



ポケットから落ちた銀時計。その銘の指す鋼の義肢はもう無い。
オレたちにはもう罪の証すら残されていないけれど。心に深く刻まれている烙印は熱く疼いてる。
その震えも重荷も奪ってやりたいけれどそれは無理で、だけど全部二人で背負ってきたんだから、許しだって分け合う権利がオレにはあるだろう?

「アル、一緒に死んでやるから……だから、泣くなよ。」

銃を握ったまま、終焉の誓いを。そして許しを。
全て分けよう。






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