すいみんせいかつ


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幾千幾百の時を超えても




夢を見るよりも確かな声音で呼んでほしい。
ただボクの名前を。
いつまでも成長できない、子供のままのボクのからだがどこにあるのか知らない。
禁忌の罪の向こうに沈んで消えたのだろう、それすらも今となってはどうでもよいことだけれど。






ときどき、自分などいないのではないかと思うことがある。
誰かの作った幻なのではないか、幻影のなかで生きているのではないか、これは夢なのか、それとも現実なのか。






一つだけ確かなのは、ボクは兄さんの、ただ兄さんひとりのためだけにここにいるということ。
兄さんがボクの名前を呼ぶからボクはここにいる。
夢のような幻から実体としてのボクが浮かび上がり、返事をする。身体を持たない幼い声で。
立っていられるのはだからだ。思考を止めないのは。動いているのは。想うことを覚えているのは。
すべてすべて兄さんの声からはじまる。

たとえば言ってみれば幽霊のようなものであるボクには何も起こらない。
目の前で何が起ころうが、すべての感覚がないボクにはそれは体験ではないのだ。
死ぬことすら無い。魂がここにある限り。
つまりボクというモノはあの日からたった一歩も動いていないのだ。



ただ、それでも月日はたつ。
兄さんはボクの誕生日を忘れなかった。
毎年毎年繰り返されるそれは儀式のようだ。


(ボクですら忘れていたよ)
(よく覚えているよね)
(でもそれは兄さんの罪悪感なんでしょう)
(ボクが年をとれないことへの)
(ボクだけがここにいる)
(みんなみんな時間を共有し、成長しているのに、)
(ボクだけが。兄さんにおいていかれる)
(それでも兄さんの声によって動き出すボクは、自分が兄さんの弟であるという事実だけあれば、それで。)


そっけなくしても兄さんは笑っている。
いつからか忘れた、兄さんはあまりボクに対して怒らなくなった。
あるいはボクの方が変わったのかもしれないけど。




                       ※         ※         ※




「アル。」
「なに?」
「誕生日おめでと。」
「え、あ、もうそんな日だっけ、よく覚えていたね。」
「忘れないさ。」

目を開ける。きんいろの目。昔から変わることのない重い琥珀。
沈みそうなほど。

「ごめんな。まだ元に戻してやれない。」
「それはお互い様でしょ。」
「……ん。」

目を伏せる。
上から見たその目線に、もうすっかり慣れてしまった。
たった一つただ視覚だけでも残っていてよかった。

「今年もやるから、じっとしてろよ。」
「またぁ!?いいよ、オイル…」
「臭くなんてならないから。」

そうして兄さんはボクの身体を磨き始める。
ひどく丁寧に。優しい手つきで。後ろから背中をなでるように、あやすように。
珍しく何も言わない。不思議な気分になる。
そして、兄さんが見えないと不安になる。
だってボクはほとんど音も聞こえないんだ。
ちゃんといるのだろうか、ボクの側に?ボクの後ろに?

「中、入るぞ。」
「あ、うん、気をつけて!」

するり、と兄さんが入り込んでくる。
少し気持ちが悪い。人が自分のなかにいる、っていうのはいつまでも慣れない。
でも空っぽの身体が少しあたたまる。生きている、感じがする。



ほんとうはもう生きている感じなんてとうの昔に忘れてしまったけれど。



だけどそれがどういうことかなんて、ボクにとって大切なことだろうか。
今のボクにとって、大切なものなんて一つしかない。
自分がここにいる、本当に存在しているという証だけ、
兄さんの声だけ。



「アル、アル。アル――……。」


中を丁寧に磨きながら、兄さんがボクを呼ぶ。
その声に我に返る。
意識が溶けそうになっていた。
空気の中へ。意識の底へ。
永遠の眠りに近い深い深い闇の湖、それに無性に焦がれる。
呼んでいるようだ。きっと本体が。
ずっと昔に死んでしまった身体が。



「あいしてる。どこへも行くな、きっと、きっと……いつか。」



そのいつかが来ないことを知っていてもなお。



血印に兄さんの唇が触れる。
その感触だけはきっと知っている。
胸のなかがざわざわする、早い鼓動、たとえそれが幻だとしても。



兄さんがほんとうのボクの手を引いてここから出してくれる日を、待っている。
焦がれている。
その声に、その存在に。



(ボクもあいしてる、兄さん、どこへも行かないで。)


言えない言葉をたどった。






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