すいみんせいかつ


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夜と朝の間に


ひんやりと気持ちの良い温度に目覚めた。
目を開けると苦い顔をした兄さんと目が合う。額の上、大きな手が触れていた。手の重さが心地よい。そういえば、少しだけ寝苦しかった、また熱を出していたのだろうか。ごくりと唾を飲む。

「気分はどうだ。」

大好きな低い声に微笑んで、首を振る。

「――今なんじ?」
「あー、と2時ぐらい、かな。」
「そ、か。」

ボクの額に手をのせたまま、身体を捻って時計を見た兄さんを見つめる。手を伸ばして身体に触れると、兄さんの服もひんやりと冷たかった。

「・・・なんだ?」
「いつからいたの?」
「さぁ・・・12時ぐらいか?なんでだ?」
「随分冷たいよ。」
「お前が熱ィんだよ。」

兄さんはそう言うと、ようやくボクの額から手を離し、ベッドに腰を下ろした。
はずみに、少しだけスプリングが軋んで揺れる。ベッドの脇に置かれたコップに手を伸ばして、兄さんはもう一度ボクを見下ろした。

「苦しいか?薬、飲むか?」

少し考えてから、首を横に振った。身体を起こそうとすると背中に手が回される。ほんのりと兄さんの香りがした。さらりと頬に髪の感触。冷たい空気に咳き込む。

「アル・・・、」
「どうしてわかったの?」
「あ?」
「ボクが具合悪いってこと。自分でも気付かなかったのに。」

反芻しても、特に思い当たる節は無かった。普通にご飯だって食べられたし、眩暈がすることもなかったし。ただ眠りは浅く、眠っているような、そうではないような嫌な感覚がずっとあった。息苦しく重い感じ。身体に縛り付けられているような、不自由な感覚。

「・・・顔色悪かったから。それに、なんだかしんどそうにしてたし。自分で気付いてなかったのか?」
「うん・・・・・・。それで、見に来てくれたんだ?」
「ああ。そしたら案の定。・・・この分だとまだ上がるな。」
「大丈夫だよ・・・・・・。」

そっと、兄さんの背中に手を回した。ひんやりと冷たい。

「ごめんね。ボクのせいで、冷えちゃったよね・・・。」
「馬鹿。そんなこと気にすんな。」

思った通りの答えに笑った。身体を兄さんの方に預けてほっと一息つく。頭の奥がじーんと熱くて、息を吸うたび入ってくる空気に、咽がゼイゼイと鳴った。突然、自分の身体の脆弱さが可笑しくなって笑うと、その反動で咽せて咳き込んでしまう。

「っっ!!!」
「アル!?」

戸惑ったような兄さんの声にただ首を振ってしがみついた。ぎゅっと。自分のことを情けないと思いながらも、こうして甘えてしまう。こんなに寄りかかって、縛ってしまう。こんなんでは駄目だ、と頭では分かっているのに心はとても正直だ。そして、身体も。

「ごめんね。もう大丈夫だから。兄さんは部屋に戻ってもう寝なよ。風邪ひくよ。」
「だから大丈夫じゃないだろ、お前。」
「大丈夫。苦しくなったら薬飲むから。ヘーキだよ?」

ボクはしがみついていた手をそっと離した。

「もう、慣れたよ。だいじょうぶ。」

にっこり笑って目を見つめると、兄さんは眉を顰めた。確かめるようにボクの頬に手を寄せる。じっと覗き込まれると笑っていることなど出来なくて、不意に泣きそうになった。

「慣れるワケねーだろ。苦しい時、お前いつもオレの手、離さねー癖に。」
「・・・っ!ごめん・・・。」

無理矢理目を逸らして俯くと、兄さんは軽く溜息をついた。手が離れていく。その手を、恋しいと思いながら膝を抱えた。その溜息を、もう何度聞いただろう。聞く度に、ずきりと胸が痛む。でも、兄さんと一緒にいたいと思う気持ちは止められないのだ。

「お前は何しても謝るよな。」

しばらく沈黙があって、くしゃり、と兄さんがボクの髪を撫でた。
顔を上げずに、横目で伺うと、兄さんはひどく優しい顔をしていた。

「謝るのはオレの方なのに。」
「そんなことっっ!!」
「ごめんな。」

穏やかな声。でだけど、微かに翳りのある。やりきれなくなってボクはまた首を振った。不甲斐ないのはボクの身体の方で、取り戻してくれた兄さんが悪いわけじゃない。

「もう、寝なよ。」

膝を抱えたまま呟いた。
兄さんはしばらく黙っていたけど、ボクがそれ以上なにも言わずにいると立ち上がる気配がした。

「わかった。このままじゃお前、眠れないだろうしな。帰る。苦しかったら呼べよ。」
「うん・・・。わかってる。」

遠ざかる気配にハッとして顔を上げた。縋りそうになって身体を起こすと、溜まっていたように咳が零れた。

「おい、」

慌てたように戻ってきた兄さんの手が背中を撫でる。深い咳はなかなかとまらなくて、もどかしさにどん、とベッドを叩いた。咳が治まっても上がったままの息に涙が滲む。苦しさのためではなくて、悔しさのためだ。そんなボクを見て、兄さんは額にキスをおとす。背中から腕が回って、またさっきと同じようにベッドに腰を下ろしたのがわかる。

「ごめんな・・・。」
「だから、兄さんのせいじゃないって・・・!」
「違う。そのことじゃなくて・・・オレ、お前がこんな風で良かったって思ってる。」
「え・・・?」

耳元で聞こえる兄さんの言葉はとても穏やかだった。驚いて振り向くと、ひどく真剣な目でこちらを見ている。

「なん・・・で・・・?」
「・・・閉じこめておけるから。いつまでもオレの手を必要としてくれるから。おかしいか?・・・そうだよな、おかしいよな、でも、」
「・・・兄さん?」
「オレ、お前のことが好きだ・・・・・・。」

咄嗟に、意味がとれなかった。しばらく見つめていると、兄さんの顔がくしゃりと歪んだ。次の瞬間、抱きしめられていた、きつく。身体中、痛いくらい。
冷たいと思っていた服に触れた。でも、その中に隠れている兄さんの身体は温かかった。上がっていた息が少しずつ治まっていく。どうしてだろう、兄さんの体温はいつもとても気持ちよくて、こうして抱きしめてもらえば具合の悪さも消えていくような気がする。

「ボクも好きだよ。」
「お前の好きとは違う。」
「どうしてそんなことがわかるのさ?」

兄さんの髪をかき上げて耳元で呟くと、憮然とした声が返ってきて少し笑った。

「兄さんのこと、好きだよ。誰よりも。ホントだよ?」
「・・・・・・っ!分かったから、お前もう黙れ。んで絶対こっち見んな。」
「・・・この状況でどうやって見るっていうの?」

ボクを抱きしめたままの兄さんの腕の力がぎゅっと強くなって、兄さんの耳が真っ赤になっているのが見えた。それを見ると思わずまた笑ってしまって、綺麗に筋肉のついた背中に触れる。

なんて素直な人なんだろう、と思った。ボクは兄さんのこういうところがとても好きだ。まっすぐで、荒削りで、ごまかすことも飾る事も知らないところが。
そう思って優しい気持ちになったところで、頭の中に針金を通されたみたいな頭痛がやってきて、思わず兄さんの服を掴んだ。急に身体を固くしたボクに驚いた兄さんが身体を離す。そっとベッドに身体を戻されて、でも掴んだ服を離さずにいるとぎゅっと反対の手を握られた。

「やっぱり熱、上がってきたな。」

穏やかな声で言う兄さんを黙ったまま見つめる。そして、このまま部屋に帰って貰うのは無理だと思ったボクはベッドの中で身体を動かして、少し空間を空けた。

「ここ、来て。」
「はっ!?」
「一緒に寝よ?このままだと兄さんも風邪ひいちゃう。」

兄さんはまた少しだけ赤くなって、それから呆れた顔をした。それから、諦めたようにボクの隣へと潜り込んできた。兄さんの匂いがする。身体を取り戻したばかりの頃はいつも兄さんは心配そうに隣に着いていたけれど、そういえばこうして一緒のベッドで眠ることはなかった。小さい頃はいつも一緒に眠っていたのに。なんだか、とても懐かしくて、嬉しかった。例えこの厄介な頭痛が治まらなくても。

「ちゃんと寝なよ?」

頭痛に響かないように囁くように言うと、兄さんは低い声で返事のようなものを呟いて、少し困った顔をした。肩までシーツが掛けられる。
過保護だなぁ、と思ってから、昔はボクの方が兄さんにあれこれ世話を焼いていたのに、と考えて可笑しくなった。熱が上がってきたのか、頭が朦朧としてきて、重い身体をぎゅっと丸めた。眠ってしまえば朝には熱は引く。

意識を手放すまで、兄さんの手を握ったまま、ボクのことを好きだと言った兄さんの言葉を反芻していた。






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