すいみんせいかつ


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切片 2(無題、あるいは)



深いため息をついて、となりに座っていた兄さんが立ち上がった。
明るい顔をしている。どうやら、読んでいた本は兄さんのお気に召したようだった。そんなことはなかなかないのだけど。珍しいことだった。

「いい本だったみたいだね。」

出来るだけ朗らかな顔で言うと、兄さんはこちらを向いてこれまた珍しく素直にうなずいた。
邪気のない顔で、膝の上に置いた分厚い本を撫でる。

「ああ。なんかな、こいつ結構いいスジしてると思うぜ。思いもしなかった論点をついてくる。この世界にはパラレルワールドが無数に存在していて、それがぶつかって宇宙が出来た、っていうんだけど、突拍子もなさそうで論理に破綻はないんだ。」

「ふぅん。」

目がキラキラしている。まるで宝物を見つけた子供みたいに。
ボクはそれを随分さめた目で見つめ、冷静に分析しそうになってから、あわてて笑顔を貼り付けた。

「ええと、ロマンチックだね、なんか。壮大、っていうか。ファンタスティックっていうか。」

「だろう?でもオレ、そういうの嫌いじゃないんだ。理論って現実的なことばかりやっててもあっと驚くような研究ってなかなか生まれねーだろ。でもこういうこと考える奴がいて、それは世界を切り開いていく。」

「……兄さんも大概ロマンチストだよね。」

静かに言うと、自分の台詞が妙に浮いた気がした。
一度外した目線を戻すと、兄さんは窓の外を見ていた。
流れていく、雲。ちらちらと影を作る木漏れ日。
ずっと遠くの未来、空、明るいものたち。

遠くを見ている。
いつの間に、兄さんはこんなにも強くなったのだろう。
暗く重い罪を背負って、押しつぶされそうになって、片方しか無くなった腕でそれでもボクまで抱えようとしていた兄さんだったのに。
暗い目に、どうにかして光を取り戻そうと骨を折ったこともあったのに。

「アルは……アルは、何になりたいんだ?」

妙な間の後で、不意に兄さんが聞いた。
優しい声だった。
兄さんは随分丸くなったと思う。
なかなか素直に接することが出来なかった大佐とさえ笑いあっている、最近。
大人になった、と言うのだろうか。

「ボクは……、そうだな、別に希望は無いよ。かなうなら、心理学者になりたい、かな。興味があるんだ。心に。」

――にいさんの。

「そうか……。がんばれ、よ。おまえならきっといい学者になれる。頭いいし、まじめだしな。」

ぽん、と頭の上に手がおかれた。
大きな手。
……でも、何も感じなかった。
だってもう、ボクにはココロが無かったから。


今日の夕飯はオレがつくってやるよ、と言う声を聞きながら、ボクはじっと兄さんが置いていった本を眺めていた。
そういえば好みも変わった。

そして気がつく。






――そう、だって兄さんは変わっていく、生きているんだもの。
(ボクと違って。)


キッチンからなにやら不穏な音が聞こえてきたので、ボクは無表情のまま兄さんを手伝うために立ち上がった。
気づくと深いため息が漏れていた。






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