すいみんせいかつ


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刻まれない時間1



日の光が温かい、午後だった。
先ほどから、兄さんはぐっすりとボクの膝の上で眠っている。
いつもならおなかを出したり、もぞもぞと寝返りをうったり、寝ているときでもじっとしていない兄さんだけど、今日はあまりに深く眠っているためか、身じろぎもしない。

新しい論文の暗号を読み解いたのが、今日の朝。二人がかりで一週間ほどかかった。兄さんは特にやり始めるととことんやらないと気が済まない人だから、この一週間は大変だった。その疲れがどっと出たのか、大した成果もないことに落胆したためなのか、その結果を軍に報告して帰ってくるとすぐに、兄さんはボクに抱きついてことん、と眠ってしまった。兄さんはいつだって外では頼もしくボクを守ろうとするけれど、こういうところは、ひどく幼いと思う。安心したような寝顔を、可愛い、と思っていると知ったら、兄さんは一体どんな顔をするんだろう。
想像して、少し笑った。きっと、嫌そうな、でも困ったような顔で怒るんだろう。

兄さんの髪は硬質で、癖がつかなくて、とても綺麗だ。
ボクの髪も同じ色ではあるけれど、髪質は全然違う。ボクのは母さん似で柔らかくて、すぐにあちこち跳ねてしまう。兄さんみたいにさらさらとは流れないんだ。
兄さんみたいに伸ばしてみたい、と思ったことはあっても、結べるようになるまでが大変だと想像がつくから、試したことはない。密かにさらさら流れる兄さんの髪には憧れているんだけど。伸ばしたところできっと、全然兄さんみたいにはならない。

さらさらと手触りのいい髪を撫でながら、幸せな気分でぼんやりしていると、突然電話が鳴った。兄さんの方を見たけれど、起きる気配はない。そっと頭を持ち上げて、ソファの上に横たえた。それでもぴくりとも動かないのを確認して、ボクは受話器をとる。

「私だ。」
「・・・マスタング、准将?」

久しぶりの声に、驚いた。珍しい電話だ。というのも、准将は忙しいから、用事があるときでもだれか他の人がうちにかけてくるのが通例だったから。

「ああ、そうだ。君は、アルフォンス君か。ひさしぶりだな。鋼のはいるかね。」
「はい、ご無沙汰しています。兄さんは、えと、今ちょっと・・・出られなくて。」

ちらりと兄さんの方を見る。相変わらず、ぐっすりと眠っていた。

「そうか・・・実は、鋼のが忘れものをしてな。」
「忘れもの?」
「そう。非常に言いにくいが、ものは銀時計でね。他のものなら誰かに届けに行かせてもいいのだが、こればっかりはな。」
「銀時計・・・・・・って、国家錬金術師の証の銀時計ですかっっ!!」

他の何を言われても大して驚かないけど、これはさすがにびっくりした。だって、兄さんの身分証明書のようなものなのだから。それに銀時計がないと生計が立てられない。

「ああ。全く、鋼のにも困ったものだ。咽から手が出るほどほしがっている輩もいるというのに・・・。無頓着にもほどがあるな。まあ、あいつにとっては鎖みたいなものだから・・・。気持ちはわからなくもないがね。」
「すみません。まったくもう・・・。兄さんたら、何やってるんだか。確かに他の人よりも銀時計を軽んじる傾向はあると思いますけど。目的に達するための便利な手段、ぐらいに思っていますしね。」
「・・・そうだな。」

少し、沈黙があった。ボクは旅をし続けていた昔を思い出し、辛かったはずのその時期を、懐かしい、と思った。それは終わってしまったからこそおきる感覚で、我ながらなんて不謹慎な、と思わずにはいられなかった。そんな思いを振り切るように、頭をふって、口を開く。

「それで、銀時計を司令部までとりにいけばいいんですね?」

ボクはそう言いながら、兄さんの様子を再び横目で見た。あれでは、どんなに頑張っても起こすことは出来ないだろう。たとえ一度目が覚めたとしても、再び抱きつかれて眠ってしまうのがオチだ。ボクは起きているんだし、代わりにとってきても問題はない。多分兄さんは、ボクが帰ってくるまで目を覚まさないだろう。

「君が来るのかね?」

けれど、あっさりと頷くと思ったマスタング准将の声は、どこか拒むような響きを含んでいた。

「はい、ボクが行きます。・・・あの、何か問題でも?」
「いや・・・。その・・・。君が一人で来ると、鋼のが怒るんではないかね?」

困ったような准将の声。純粋に不思議に思って、首を傾げた。

「兄さんが?何故ですか。」

そういえば、もとの身体を取り戻してから、軍部に行ったことはない。行く、といえば何かしら理由をつけて断られている。だけど、だからといって別に怒られるようなことはないような気がした。第一理由がない。

「あー・・・。ほら、君が鎧姿だったことは軍部の中で結構知れ渡っているしな。興味をもった研究者たちにつかまらないとも限らない。もちろん私の目の届く所ではそんなことはさせないが。」

帰ってきた答えに、思わず笑った。兄さんはともかく、准将までが自分の心配をしているなんて。

「あはは!准将はボクがそこらの研究者たちに負けると思ってるんですか!?心外だなぁ。大体ボクは組み手でも兄さんより強いんですよ?それに、ボクが昔鎧姿だったアルフォンス・エルリックだってことがバレなきゃいいんでしょ?そんなこと、知り合いの人にしかわかりませんよ。」
「ああ、でも・・・。」

それでも、准将はまだ渋っている。

「他になにか?」
「あー、なんだね。君はまだ体調が万全でない、と聞いているのだが。」

これには頭を抱えずにはおれなかった。

「全く・・・兄さんはまだそんなことを軍部の人たちに吹き込んでいるんですか。ボクはもう全く元気ですよ。体調は万全です。」
「そうかね。なら、いいのだが・・・。受付にだれか顔見知りをやっておくから、気をつけて来なさい。」

まるで諭すような調子に、呆れる。

「准将、子供じゃないんですから・・・。」

「いや、君はまだ子供だろう。あ、それに声でバレるかもしれないから、気をつけなさい。」

・・・。まったく、この人は。

「~~。・・・はい、伺います。今から行きますから30分くらいでつくと思います。」

「わかった。手配しておく。」


話を終えて、ちりん、と受話器をおくと、どっと疲れた。兄さんの過保護には常々呆れているけど、その過保護ぶりが軍部の人たちにまで伝染しているとは思わなかった。一体、ボクのことをなんて説明しているんだろう。すぐ貧血で倒れちゃうような貧弱な女の子みたいに言われてるんじゃないだろうか。
そう思ってから、自分の言葉にさらに落ち込んだ。あながち間違ってない。よく倒れるのは確かだし。組み手が兄さんより強いのも確かなんだけどね。


一応書き置きを残して、ボクは兄さんを起こさないようにそっと家を出た。
ボクたちは、セントラルから少しだけ離れた郊外に、小さな家を借りて住んでいる。
兄さんの手足がまだもとに戻らなくて、旅は続ける予定ではあるけれど、ボクの体調が万全になるまでは、と言って、兄さんはこの家を借りた。
セントラルなら大きな図書館があるし、何より国家錬金術師の特権で、提出されたばかりの新しい論文から、昔の埋もれた論文まで閲覧することが出来る。すぐに旅を続けなくても、ここでだって十分調べ物は出来る、と兄さんは言った。
だけど、それがボクには歯痒い。
だって、兄さんは自分の手足を取り戻すことにあまり情熱を傾けていないんだ。ボクが戻ったからそれで十分だと思っている。
ボクのせいで失った右手だって、取り返さなくても構わないと、どこかで考えているに違いない。
理屈ではわかるんだ。ボクが兄さんの立場だったら同じことを思うだろう。だけど、ボクが身体を取り戻すときは兄さんも一緒に、って約束したんだ。

ここにいる時間は、ひどくゆったりと流れる。
ボクたちが旅していた時間とはまるで正反対だ。それはとても心地よいけれど、気が急く。
こんなことをしていてはいけない、と思ってしまう。早く、二人旅に戻りたかった。どこかにあるかもしれない、手がかりを探しに。

兄さんは、ボクの体調が万全になるまで、と言ったけれど。もう、ここまで回復したのに、兄さんは何にも言わない。
旅をすると、無理をさせてしまうと思っているのだろうか。
そうだとしたら、動こうとしないのは兄さんの意志の問題ではなく、お荷物になっているボクのせいなのか。

バスに乗っている間、ぐるぐると考えていた。
脆弱になってしまった身体のことを、決して悔いているわけではない。イズミ師匠のように、身体とのつきあい方を覚えれば、多少の無茶をしても折り合いをつけられるようになると思う。身体能力が劣っている、わけではない。ただ、肉体の持久力、全体的なエネルギーが昔より落ちただけだ。
兄さんを心配させないようにするには、やはり過保護に甘んじていては駄目だ、と強く思う。
多少無茶をしたって平気だよ、というところを見せなければいけないのだ。






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