すいみんせいかつ


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刻まれない時間2


軍部につくと、出てきたのはマスタング准将だった。

「やあ、来たな。」
「准将!?お仕事は、いいんですか?お忙しいのに。」

そういえば、電話してきたのも准将だった。

「いや、今日はホークアイ大佐が休みでね。ちょっとばかりのんびりとな。」
「・・・さぼってるんですね・・・。」

思わず苦笑する。

「でも、准将がサボってるってことは平和だってことでしょ。良かったですよ。」
「ふ。だといいがな。・・・君は、少し痩せたか。」

思ってもみないことを言われて、驚く。
准将と最後に会ったのは、確か病院のベッドの上だったはず。

「そんなことはないと思いますけど?あ、筋肉はあのころよりついたから、ちょっと引き締まったかもしれないですけど。」
「そうか。・・・顔色があまり良くないようだが?」

――あれ。体調は万全だって言ったのに、あまり信じられてないのかな。
ボクはちょっと困って首を傾げた。念のため、記憶を反芻してみる。ボクの場合、自分の感覚はあまりあてにならないから。
――ええと、何か、身体にあたるようなことをしたっけ・・・。
だけど、思い当たることといったら、暗号解きのことくらいだ。こんなこと、日常茶飯事で別に無理してる、ってわけではないのだけど。

「ええと、そうですね。この一週間兄さんと二人で暗号にかかりきりでしたから。ちょっと疲れてるのかな。結局これといった成果もありませんでしたしね。」
「そうだったな。・・・あまり根を詰めすぎるなよ。」
「大丈夫ですよ?昔の兄さんはあぶなっかしかったですけど、今は大分落ち着いていますし。むしろボクの方が焦るくらいで。」

なんだかんだいって、兄さんと准将は仲がいい。さらりと言われた言葉は、兄さんを心配してのことだろう。
にこやかに言うと、今までほとんど感情を表さなかった准将の顔が呆れたように歪んだ。

「・・・私は君の話をしているのだがね。」
「ふふふ。ボクたち二人のことでしょう?わかってますよ?」
「二人とも、だが。まぁいい。君が気をつけていればね。」

准将は、苦笑する。
素直に受け取らなかったからだろうか。だけど、心配が必要なのは、むしろ兄さんのほうなのは確かだ。集中すると何もかもわすれてしまうのは、いつだって兄さんなのだから。だから、兄さんが嫌っていても、心配してくれる人がいるのは、いいことだ、と思う。


話がとぎれて、二人とも、黙って歩いた。准将の固い足音と、ボクの歩く、昔とは違う軽い音。長い長い廊下を幾度か曲がるとやがて、司令部の中でも奥の方に位置する、准将の個室へとつく。

「せっかく来たのだから、お茶でも飲んでいきたまえ。」

促されて、真ん中におかれたソファに座った。軍部のソファは意外にも居心地がいい。
柔らか過ぎず、身体が沈み込んでしまわないくらいの堅さ。
軍部の施設に来てから無意識に身体に入っていた力を、ふっと、抜く。

「お茶の相手が女の子じゃなくて悪いですね。」
「何を・・・。全く、君は私を誤解しているね。女性は大好きだけれど、女性とだけお茶を飲んでいるわけではないんだよ。君と二人で話す機会なんてそうそうないだろう。是非一度ゆっくり話してみたいと思っていたところだ。」

准将自ら、紅茶を入れてくれた。出てきたのがロイヤルミルクティーで、少し笑う。

「何かおかしいか?」
「いいえ。なんか、准将に似合うなぁ、と思ったんです。ロイヤルミルクティー。」
「そうかな。」

ボクは頷いて、一口すすった。

「美味しいです。」
「それは良かった。茶葉はラディナル・ティーのブレンドと決めていてね。気に入っている。」

黙って、ゆっくりとお茶を飲みこんだ。ほんのり、甘い。ブラインドの隙間から、光が柔らかくふりそそいだ。なんだか子供扱いされているようなのが、ひどく可笑しい。

「忘れないうちに、渡しておくよ。」

ぼんやりとしていると、ふいに銀時計を差し出された。慌てて手を差し出して、受け取る。持ってみるとずしり、と重かった。前にも触らせてもらったことはあるけれど、その時は鎧だったから重さなんてわからなかった。こんなものを、兄さんはいつも持ち歩いているのか。

「結構重いんですね。」
「そうだな。それ自体でも価値のあるものだ。」
「そういえば、ウィンリィが興味津々で見ていたっけ。」

そっと表面の細工をなぞった。国家錬金術師の、証。「鋼」。重い称号だ。軍の狗とか、天才だとか。兄さんは、重いものばかりを一人背負いこむ。

「鋼のは・・・。やめないんだな。」

ぽつりと呟かれた言葉に、顔を上げた。
准将の表情は全く変わらない。何を考えているのかわからない人だ、と思う。ポーカーフェイスが上手い方が、軍の中ではいろいろと都合がいいのだろうけど、こういう、考えだとか、表情だとか、あんまりでない人は苦手だ。言葉が出てこなくなる。

「そう、ですね。だってまだ、兄さんの手足は戻っていないから。」
「君がもとに戻れば、やめるかと思ったんだがね。鋼のの目的は達成されたわけだろう。」
「・・・。ボクの目的は達成されていませんけどね。兄さんとの約束は果たされていない。だから、まだ、必要なんですよ。これが。」

自然に、声のトーンが落ちた。

「君の肉体を錬成したときと、理論的には同じなんだろう?」
「いいえ、それが、少し事情が違ってくるんですよ。ボクの場合は、精神が、持って行かれた肉体の方にも残っていたでしょう。だから、精神を媒介にして呼び戻したんです。でも、兄さんの場合は、精神は完全に持って行かれた手足と切り離されているから。もちろん、魂と肉体とは引き合うものなんだけれど、ボクほど強いつながりがあるわけじゃない。引き戻すための強い引力が、少し足りないんです。」

ゆっくりと、息をつく。

「兄さんは、罪の証だとかなんとか思っているみたいだけど。ボクのためになくした腕は罪なんかじゃない。ボクが取り戻したいんだ。」

自分にも言い聞かせるように言って、目を上げた。強い目でこちらを見ていた准将と、目が合う。

「本当は、兄さんには、国家錬金術師をやめてもらいたいんです。軍の狗なんて、兄さんには似合わない。かわりにボクがなって、もっといろいろ方法を探してみたいんです。」

「・・・・・・そうか。」

准将は、それだけぽつりと言った。相変わらずのポーカーフェイスで、表情は読めない。

「鋼のが、やめないわけだな。ところで、それ、もう一杯入れてこようか。君は牛乳が好きなんだな。」

顎で、手元のカップを指されたので、微笑んで差し出した。

「ありがとうございます。でも、このロイヤルミルクティー、シナモンの香りがつけてあって牛乳の匂いが消してあるから、兄さんでも飲めると思いますよ?」

「ふふ。そうかね?では、今度試してみることにしよう。」

多分一度は怒ってみせる兄さんを想像する。この人は、兄さんにも甘い飲み物を出すのだろうか?



――しばらく待っていると、再び、紅茶のいい香りが漂ってきた。
高ぶっていた気分が徐々に落ち着いていく。
その匂いを嗅いでいると、だんだんと身体が重くなってきた。気分が悪くて、というのとは違う。ひどく気持ちがよくて、重力に逆らえない感じ。

――これは、なんだっけ。

何か、ひどく身近な感覚だ。明るい太陽と、幸せな記憶。兄さんの、髪。
――これは、睡魔――?



――そう思った瞬間にはもう、夢の中に引きこまれていた。



「――・・・ル・・ォンス・・・ん・・・!?」

焦ったような准将の声が、遠くで切れ切れに聞こえた。






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