すいみんせいかつ


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刻まれない時間3


どさっという音がして、振り返るとアルフォンスがソファの中に倒れ込んでいた。

「アルフォンス君!?」

慌てて駆け寄ると、すう、という規則正しい息の音が聞こえて、眠ってしまったのだとわかった。
念のため額に手を当ててみるが、熱はない。

「そうか。一週間、かかりきりだと言ったな。」

鋼のがおそろしく眠そうな顔で、不穏な空気を撒き散らしていたことを思い出す。この兄弟のことだ、食べたり眠ったりあまりせずに研究に没頭していたのだろう。弟が冷静なうちはまだいいが、その弟が没頭してしまったらもう、止める者はいない。

――それにしても、華奢だな。

兄さんには組み手で負けない、だとか、体調は万全だ、とか言っていたが、これでは鋼のが心配するのも無理はないと思う。身体を取り戻してからもう二年経つはずだが、この少年はどうもあまり丈夫には出来ていないようだ。もともとの身体はタフだったようだから、やはり失っていた時間が長すぎたということか。
身長は、鋼のよりあるかもしれない。けれど並べばおそらく、もう兄弟逆に間違えられることはないだろう。体格の差、もあるが、醸し出す雰囲気の差でもある。この少年――年齢的にはもう青年、というべきなのだが――は、落ち着いた、けれど大人っぽくはない空気を纏っている。どこか庇護欲をそそられる。

――今度はボクが兄さんを、と言ったか。

この身体で、国家錬金術師になると言ったら、それは反対したくもなる。何も背負えないなどとは決して思わない。この子が強いことは、周りのみんなが認めるところなのだから。ただ、今の彼にその重さを背負わせると、見てる方が痛々しくなってしまうのは確かだ。
ともすれば、鋼のを見てきたこの子も同じことを思っているのかもしれないが。

まあ、この子ならばたとえ国家錬金術師になったとしても、軍人として呼び寄せられることはないだろう、と思う。健康診断で跳ねられるだろう。そういう意味では、鋼のよりも安全といえば安全かもしれない。
仮眠時用に置いてある毛布を取り出して、かけてやった。本当に、ぐっすりと眠っていて身じろぎもしない。それにしても、唐突に眠りについたな、と思う。ちょっと前まで眠いと思っている様子などみじんもなかったというのに。

アルフォンス用に、と入れてやったロイヤルミルクティーを、自分で飲んだ。砂糖を入れてしまったため、少し甘い。たまにはこういうのも、いい。
柔らかそうな金髪が気持ちよさそうで、手を触れようとしたところで、ばたばたと大きな足音が近づいてきて、くすりと笑った。保護者様のお目見えだ。

「アルうううぅぅぅっ!!」

ノックもなく、ばたんと勢いよくドアが開く。

「鋼の、ノックぐらいしたまえ。」
「どうせ准将は今日は無能だろ。ホークアイ大佐がいないんだから。」
「随分な言われようだな。」

肩で息をついている。随分慌てて走ってきたのだろう。前髪は汗で張り付いていた。

「って!アル!?」

ソファの中で丸くなっている弟を目にすると、顔色を変えて、飛んでくる。
ひざまずくと、こつん、と額に額を当てた。

「眠っているだけだ。話の途中で唐突に眠り始めてしまってね。少し驚いた。」
「そ、か。良かった・・・・・・。一週間、あんま寝てなかっただろ。だからだ。アル、眠気とか痛みとか、そういう感覚に鈍くてさ。身体が限界になるまで気づかないんだよ。」

いつもは気をつけてるんだけど、今日はオレも限界で眠くて眠くて、アルより先に寝ちまって、とばつが悪そうに呟く。

「アル、起きろよ、帰んぞ。」

兄に揺すぶられても、弟は全く起きる様子はない。

「まあ、そんなに急ぐこともない。君もなにか飲んでいきたまえ。今なら、ロイヤルミルクティーがあるが?」

「げっ・・・ミルクっ・・・!?誰が飲むかぁっ!あんな気持ちの悪い・・・。」

「君の弟が、これなら君でものめるだろうと言って美味しそうに飲んでいたが?」

本当に、鋼のをからかうのは楽しい。反応がわかりやすくて、ころころと表情が変わる。
弟の名前を出すととたんに大人しくなるところも、ブラコンぶりが測り知れて楽しいではないか。
そう思って様子を伺うと、案の定黙り込む。

「ぐ。・・・アルがそういうなら、飲んでやってもいいけど。」

そっぽを向いて口を尖らせる様子は、やはりまだまだ子供だな、と思う。

「ほら。」

弟と同じだけ、砂糖を入れて出した。
シナモンの香りが漂って、鋼のは少し驚いた顔をする。

「へぇ。美味そーな匂い。確かに、これならオレでも飲めるかもな。」

けれど、こくりと一口飲んで、不審そうに眉をひそめた。

「准将・・・これ、甘いんだけど。」
「君の弟にも同じものを出した。」
「別に甘いのは嫌いじゃないけど、コレはちょっと甘過ぎじゃね?」
「そうかね?」

ま、せっかくだし飲んでやるよ。美味いしな。
それでも気に入った様子で、なにやらぶつぶつと呟いている。
と、兄の横でぐっすりと眠っていた弟がみじろぎした。

「アル?起きたのか?」

聞いたこともないような優しい声である。こんな声、軍ではめったにお目にかかれない。

「・・・ん。兄さん・・・?」

けれども弟はまだ眠りの中にいたようで、半分目は開けたものの、身体を起こす様子はない。

「起きろよ。帰るぞ。帰ったらいくらでも寝さしてやるから。」
「ん・・・。もすこし・・・。」

寝返りをうってから、弟は手を伸ばして兄の身体に巻き付ける。ぎゅ、と抱きついてすり寄ると、居心地のいい場所を探して、膝の上に頭をのせた。そのまま、またすとんと眠りに落ちてしまう。

「・・・君たちは・・・。いつもそんななのかね?」

どうやら、兄離れが出来ないのは弟の方かもしれない、と内心呆れて言った。

「そんな、ってどんなだよ?悪ぃかよ?」

少しだけ赤くなって反論を試みているところをみると、自覚はしているらしい。

「いや、私は何も言わないが。」

世間的にはどうなのか。この兄弟は少し、絆が強すぎる。

「てか、違うぞ?こいつは猫みたいなものなの。兄に抱きついてるとかじゃなくて、気持ちいー場所を本能的にに探してるだけなんだから。」
「私は別に何も言っていないが?」
「・・・だあああっ。もうっ。何言ってんだオレっ!なんでもねーよ、世話になったな。もー、こいつ、連れて帰るから。」

焦ったように言いながらも、無意識なのだろう、髪を撫でている。

「どうやって連れて帰るつもりだ?」
「おぶって。それ以外ないだろ。准将が車で送ってってくれるってなら話は別だけど?」

にやり、と笑われて、ため息をついた。

「残念ながら、それは無理だ。さすがに車を使ってまでサボると、後が怖いのでね。」
そう言うと兄は、ちっ、と舌打ちする。
「仕方ねーな。」

そう言うと、気持ちよさそうに眠っている弟の身体を抱き起こした。

「ほら、アル。おぶってやるから。帰るぞ。」
「んー。」

鋼のは、弟の身体を苦もなく背負いあげると、揺すって体勢を整える。

「お茶、ご馳走さん。じゃ、またな、准将。」

ひらひらと手を振った。

「今度はまた昔のようにアルフォンス君も連れてきたまえ。」

言うと、とたんに怖い顔で睨まれた。

「こんな危ねーところにアルを連れてこれるかっ!」
すると、弟は急に揺すられて驚いたのか、眠りながらもぎゅっとしがみつく。
「弟が起きるぞ。」
揶揄するように言うと、うるせーよ、とそっぽを向いて、兄は足音を荒立てながら部屋を出て行った。

「ホークアイ大佐によろしくなー!」

廊下から、声だけが聞こえる。

兄弟がいなくなると、部屋の中が急に静かになった。
ふと見ると机の上に、肝心の銀時計が忘れられている。

――今度はもう、電話してやらんぞ。

呆れて思った。けれど、こんなもののためではなく、弟だけを心配してやってきた兄を、ほほえましいとも思う。多分、少なくとも兄は弟に言われるまで、銀時計のことを思い出しもしないのだろう。そのときのやりとりが目に浮かんで、くすりと一人で笑った。






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