すいみんせいかつ


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つめたい指先3


薬を忘れてきたことに気づいたのは学校についてからだった。鞄をひっくり返しても見つからなくて、思わず身体が固くなる。実はここ数日軽い発作が頻繁に起こっていて、自分でもそろそろやばいかな、とは思っていたのだ。でも兄さんに言うほどのものじゃないし、テストが終わってからでないと強制的に休まされる可能性があって、それだけは避けたかった。だから言わなかったのだけれど。

・・・ほんとにやばい、かも・・・。

発作が起きるたび少しずつ症状が重くなっていっているのは自覚していた。
軽い発作の時は少し呼吸しにくくなる位で治まっていたのが、徐々に我慢できないほどの呼吸困難へと変わってきている。それに伴い、発作の時間も長くなってきていた。最早薬なしで乗り切るのは厳しい。

・・・テストの間、発作が起きないといいけど・・・。

あんな風に家を出てきたから、今更取りに帰ることなど出来ない。それこそもう家から出してもらえないだろう。電話をするのもなんだか気が引けた。それに、時間的にも兄さんは家を出ているはずだ。

でも・・・途中で発作が起きたら・・・。絶対に兄さんを呼ばれてしまう。それぐらいなら、今帰った方がいい。兄さんだけじゃない。みんなに迷惑をかけることになる。

そんなことはわかっている。わかっているのに、どうしても、そうしようとは思えなかった。実際の所、一回位テストが追試になった位で留年してしまう程成績が悪いわけでもない。今の体調を鑑みれば絶対一番いいのは今早退することなのだ。だけど。このまま帰ると、・・・・・・負けてしまう気がして。

再び湧き上がってきた咳を飲み込むと、胸がずきりと痛んだ。
大丈夫、大丈夫、と思いつつも冷や汗をかく。

「アルフォンス君。」

俯いてじっと咳をやりすごしているといきなり呼ばれて、驚いた。顔を上げると、目の前にいたのは担任のマスタング先生で、手にはボクのノートが乗せられている。

「落としたよ。・・・顔色が悪いようだが、大丈夫かね。」
「え・・・と、あの、平気・・・です。ありがとうございます。」

射抜くような目に、たじろいで答えた。兄も担当したというこの教諭は、ポーカーフェイスで何を考えているかわからない節があり、苦手だった。思わず警戒するような視線で見上げると、くすりと笑われる。

「ならいいが・・・。君の身体のことだ、自分できちんと管理しなさい。」
「わ・・・わかっています!」

馬鹿にされたように感じて憤慨したように言うと同時に、チャイムが鳴った。

「よし、始めるぞ。今から解答用紙を配る。」

先生の声が響く。ざわめいていた教室がしんと静かになり、紙をめくる音だけが聞こえてきた。



テスト自体は簡単だった。いつものように時間より早く終わって、ホッと息をついたその時に、発作はやってきた。
只の咳とは違う。少しずつ少しずつ、胸の奥が圧迫されてくるような感覚。

――来る・・・・・・。

何もしていないのに、息が上がり始める。手にじっとりと嫌な汗。
薬を持っていない今、倒れてしまうことは必至だったから、ボクはまだ歩けるうちに黙って席を立った。何も言わず、教室を出る。癪だったので先生とは目を合わせなかった。発作が来た時のために壁づたいに歩きながら、階下の保健室へ向かう。

――っはぁ、

呼吸がますます荒くなる。だんだん、何も考えられなくなる。でも、

――まだ大丈夫、まだ、もう少し、

そう思った矢先、

――っく。

完全に息が止まった。呼吸が出来な・・・い。く・・・るし・・・っ!!
どさり、という音が聞こえた。自分の身体の音だと思う。でもそんなことは問題じゃなかった。苦しくてたまらない。


「アルフォンス君!!アルフォンス・エルリック!しっかりしたまえ、」

先生の声が聞こえて、でももう何も考えられなかった。肩を掴まれて、反射的に突き飛ばす。

「や・・・だっ!さ・・・わん・・・な・・・っ!・・・は、」

声を出すとさらに呼吸が乱れた。息が吸えない。

「身体を起こしてあげて下さい。その方が呼吸が楽なはずですから。」

冷静な声は、保健教諭のホークアイ先生のもの。働かない頭の片隅で、いつ呼んだんだろう、と思う。
けれども次の瞬間、再び身体に触れられて、驚いて手で振り払う。

「い・・やっ・・・」

・・・はぁ・・・はぁ・・は、

またも上がった息は一瞬止まり、恐怖に冷たい汗がどっと吹き出る。
・・・く・・・るし・・・っ、にい・・さ、

「アルフォンス君、」
「怯えていますね。錯乱しているのかしら。」
「手負いの獣のようだな。兄とそっくりだ。」
「関心している場合ではありません。」

かちゃかちゃと、繊細な器具をいじる音。その音で、注射器の用意をしているのだとわかった。いつか拒否反応をおこしたことを思い出し、身体が強ばる。

「それは・・・・・・?」
「鎮静剤です。変に薬を投入するよりはエドワード君が来るまで様子を見た方が懸命です。」

赤い目に見つめられて、動けなくなる。触れられることが異常に怖くて、最後の力を振り絞ってはねのけようとした時に、耳慣れた声が聞こえた。

「待って下さい!」
「エドワード君!」「鋼の!」

息を切らしてやってきた兄さんを、ぼんやりと見つめる。思考することはもう出来なかった。とにかく息が苦しくて、苦しくてたまらない。

「アル、薬」
「・・・やだっ!!ちかづか・・・ない、でっ!!」
「・・・アル?」

やっぱり触られるのが怖くて、抱き起こそうとした兄さんを思わず退けた。見たのは兄さんの少し傷ついた顔・・・・・・、

そしてそのまま反動で、壁にぶつかる。咳が、連なるように零れた。い、き・・・が、つま・・・

「アルっ・・・!!」

途切れそうになる意識の中、抱きしめられたことだけを感じた。怖くて闇雲に暴れても、びくともしない。すると、口の中に苦い、けれど覚えのある液体がねじ込まれて、それをゆっくりと飲み込んだ。

これで、楽になる――。

安堵と同時に、意識を手放した。






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