すいみんせいかつ


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つめたい指先:番外(捧げもの)


身体が動かなかった。指の先から足先まで、ひどく重い。自分の身体じゃないようだった。
息もなんだか、苦しい。
こんな時に限って兄さんはいない。朝早く、学会へと赴くため出かけて行ったからだ。
心配症の兄さんを説得したのは、他でもないボクだった。でも、これだけ体調が悪いと思わず傍にいて欲しいと思ってしまうのは動かしようのない事実。
自分の身体が不安なんじゃない、ただ、・・・・・・心細くて。
こんなにもしんどいのは、発作が続け様に起こって、体力を消耗しきっているから。
だんだん、薬に耐性が出来てきた気がする。
兄さんには言っていないけれど。
今までの量では効かなくて、二倍位、飲んだ。
薬のせいもあるのかもしれない。頭がぼおっとする。
動かない頭をのろのろと上げて時計を見ると、もう日が暮れる時間だった。
では、朝からずっとこうしていたことになる。
そろそろ夕食の準備をしないと。心配させてしまう。
立ち上がるとくらりと眩暈がした。それでも、なんとか身体を支える。
窓から射すのは金色の光。もうずっと、外には出ていない。最近思うのは、それは、ボクにとってはどうでもいいことなのだけど、兄さんにとってはマイナスだったのではないかということ。ボクが学校へ行かなくなった分、ボクを放っておく時間が減った。兄さんの視界から、どんどんボク以外のものが消えていく。それが、ひどく辛かった。
兄さんには輝かしい未来があるのに。いつも足を引っ張るのはボクだ。





「ただいま、アル~~!!!」
休み休みシチューを作っていると、兄さんが帰ってきた。
「お帰りなさい!」
リビングに飛び込むようにして入ってくる兄さんに、とびきりの笑顔で答える。
でも、ボクを見た兄さんの顔がみるみる曇っていったので、少し焦った。何か、失敗したんじゃないかと自分の行動を反芻する。
「アル。」
不意に、ふわりと身体が浮いて驚いた。次の瞬間、兄さんは椅子を引いて、ボクの身体を抱えたまま腰を下ろす。膝の上に座る格好になって、ボクは思わず赤くなった。まるで子供みたいだ。それに、身体が密着しているのがひどく恥ずかしい。
「ちょっ・・・、兄さん、」
「顔色が悪い。」
そんなボクとは裏腹に、兄さんは険しい顔をしたまま、ボクの額に顔を近づけた。近付いてくる金色の瞳。強い目。そんなに長い間離れていた訳じゃないのに、久しぶりな気がする。ボクの目とは違う、黄金の瞳にくらくらした。もっとよく見たくて、そっと手を、兄さんの頬に添える。兄さんは少しびっくりしたように目を見開いてから、ボクをそっと抱き寄せた。
「微熱がある。しんどかったんだろう。」
ボクはそっと首を振った。頭に、兄さんの冷たい頬。身体の力を抜くと、抱き留めてくれるのは力強い腕。
「だいじょうぶ。」
呟いた声は自分でも情けなくなるほど小さい。
「なぁ、無理なんて、するなよ?ホントに。お前の大丈夫は当てにならない。発作は?」
「・・・ちょっと。」
「・・・ごまかしても薬の数数えればわかるんだぞ。」
「・・・・・・。」
飲み過ぎた薬を思い出して溜息をつく。ぎゅっと、しがみつく、身体。兄さんの服からは外の匂いがして。ひんやり冷たい。そして、その奥に息づく、兄さんの温もり。こうしてじっと抱き合うのは恥ずかしいけれど、本当は大好きだった。兄さんの思いとか、感情とか、そういったものまで流れ込んでくるような気がする。しんどさも、体調の悪ささえも忘れる。
「アル。」
「・・・ほんとはね。」
顔は兄さんの肩に預けたまま、囁くように言った。こぼれ落ちそうな心から、感情が少しずつ溢れだしていく。
「・・・ほんとはね。しんどかったんだ。すごく、寂しくて、でも、兄さんには外を向いていて欲しくて。ボクのせいで、縛っているんじゃないかと思うと怖くて、怖くて、」
「アル・・・、」
強い力で抱き返されて、痛いくらいに。でもそのくらいの方が安心する。
「でも、やっぱり、帰ってきてくれてよかった。」
僅かに頭を動かして、兄さんの横顔を眺める。綺麗なひとだ、とつくづく思う、自分の兄ながら。兄さんの目は細められて、あれ、と思っていると口づけられた。耳の近く、頬に熱い塊。
兄さんの肩に手をおいて、のろのろと頭を起こすと、揺るがない金の視線。目が合う。静かに近付く。
今度は唇と唇を重ねて、キス。
儀式のように。首に手を回す。軽いキスを終わらせれば、今度は深く貪られる。貪欲に探られる舌、目は閉じない、その舌と同じように心の奥底まで見通されるような兄さんの目、熱くてとろりと溶けてしまうような。
「好きだ。」
「あいしてる。」
同時に言って、でももうボクの体力は限界で、息が上がっている。悔しくてもう一度兄さんに口づける。今だけは。今だけはボクのものでいて欲しいから。
そのままじっと抱きついていると、心地よくて、ああ、ボクは本当にこのひとのことを好きなんだなあ、と思う。
「いつか。」
「いつか?」
「お前の全部をオレのものにしてやるから、覚悟しろよ。」
「ボクの全部はもう既に兄さんのものだよ。」
「お前も同じことを言えよ。」
「・・・・・・。」
「言えよ。」
「無理だよ。」
目を上げると少しだけ傷ついた瞳をした兄さんがいて、少し笑った。
その髪を、撫でるように梳く。
「ねえ、ボクは全部あげるんだよ。でも兄さんの全部はいらない。だってボクは兄さんを、もてあましてしまうもの。でもね、その代わり、」
また重くなってきた身体を、意のままにならない身体を、今度は椅子に手をかけて支えた。
兄さんと目の高さを合わせる。
「どこへでも、頑張ってついてゆくから。こんな身体だけど、頑張るから。だからどこへでもボクを連れて行ってよ。」
熱い溜息をつく。ぼんやりとして、重い身体。遠くで作りかけのシチューがことこと鳴る。溜息を吸い取るように唇を奪われる。顰めた眉を眺めている。心臓がどきどきする。電気をつけないままの部屋で、影たちが濃くなっていく、夕刻。
足を引っ張りたくなんか、なかった。でも離れたくなんか、なかった、捨てられたくなんか、なかった。だからボクは頑張るしかなくて、だからどこまでもついていくことを決めて。いつか死ぬ時までずっと。
「ねえ、兄さん。愛してる。」






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