すいみんせいかつ


スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





破片(かつての捧げもの)


手を打ち鳴らし、陣に手を突いた瞬間、莫大なエネルギーが湧き起こるのが分かった。
渦巻く錬成反応の風に吹き飛ばされそうになる。それに耐えて、じっと反応が収まるのを待った。
眼を凝らして陣の中心を見つめる。バチバチと稲妻のような青い電流がまるでこちらを拒絶するように走った。胸が痛くなるほど緊張していた。
頭を掠めるのは10年前の、母さんの錬成。アルの身体が全て持って行かれた時の。
アルの、懸命に伸ばされた手を掴めなかった時の。

(ようやく・・・元に戻してやれる・・・っ)

アルの笑顔を想った。あいつはいつだって笑っていた。忘れる筈もない。
右手の機械鎧が錬成反応の最後の爆発にかたかたと鳴った。
期待と不安に唇を噛みしめ、円陣を見つめる。

ようやく反応が収まった時、視線の先には小さな身体が横たわっていた。

「・・・アル・・・っっ!!!」

駆け寄って抱き起こす。
何年も門の内側においておかれたアルの身体は限界まで痩せ細っていた。
今にも折れそうな手足。肋骨は一本一本浮き出て触るのが躊躇われるほどだ。
頬は痩けて顔色は青白い。
伸びっぱなしの髪は艶を失ってぱさぱさと乾いていた。

「ア・・・ル、眼ぇ開けろ・・・っ!!」

乱暴に扱うと壊れて仕舞いそうな身体をそっと抱きしめる。恐る恐る触れた頬はひんやりと冷たく、不安になる。それでも、微かな体温。

(錬成は・・・成功の、はずだ・・・)

「アルっ!!返事しろ!!」

自信はあっても不安の方が大きくて、先ほどからぴくりとも動かない弟の名前を何度も呼んだ。
何度目かで、ようやくアルは反応した。睫毛が僅か震える。

「アル・・・っ。」

呼んだ声は掠れた。金の目が開く。アルの口が開いて、にいさん、と形を作った。それは声にはならずに消えて、そんなアルをオレは抱きすくめた。手に骨の感触。

「アルっ!大丈夫か・・・!?どっか痛いとこないか!苦しいとこ・・・」
「兄さん・・・ここに、いるん・・・だよね?」
「!?」

微かな声で囁いたアルはひどく不安そうな顔をしていた。
細い手が伸ばされて、空を彷徨う。その手がオレの頬に触れると、ようやく少し安心したように表情が緩んだ。確かめるように輪郭がなぞられる。

「アル・・・お前、目が・・・!?」

覗き込んだ瞳はどこまでも澄んで透明だった。随分長くこの目を見ていなかった。オレと似ているけれど、色の淡い瞳。昔からオレの目を捉えて離さなかった。でも、今、その目は。

光を映していなかった。






*     *     *     *     *





栄養失調によるものだろう、と、駆け込んだ軍部の付属病院で医者は言った。

「幼い頃に飢餓状態が続くとこういうことは起こりやすいんですよ。」

目に痛いほど白衣は白かった。医者はこちらを見ず、カルテの上でシャーペンを回していた。

「あるいは、栄養状態が良くなれば少しは見えるようになるかもしれない。」
「それは、」
「でも、確実とは言えません。何より飢餓状態の期間があまりに長かった。」

医者はそれで話は終わりだというようにこちらを向いた。表情はなかった。

「残念です。」





*     *     *     *     *





何年も放り出されていたアルの身体は、あらゆる機能に弊害が出ていた。
食物はもちろん受け付けず、最初は一人で寝返りをうつことすら出来なかった。
点滴にすら身体は疲弊し、熱を出した。内臓もあちこち障害があったが、治療をはじめられる程に体力が無かった。ぎりぎりで生きているアルを見るのはひどく心が痛んで、苦しかった。

(オレのせいだ・・・)

アルがこんな身体になったのは。でも、だからと言って自分を責めても仕方のないことだとも分かっている。取り戻せたのは確かだ、こんな形で戻ってくることを予想しなかったわけでもない。アル自身も、錬成前にオレの目をじっと見つめて言ったのだ、どんな形であろうと、人として戻ってこれたらそれでいい、感謝する・・・・・・と。
けど、現実は想像していたよりもずっと酷だった。

(ごめん、なんて言えない。)

だから、アルの手をずっと握っていた。信じてない神に祈ることだって出来る、アルのためなら。
握った手を額に押し当てると、アルは見えない目をこちらに向けてくすりと笑った。

「そんな顔しないで。兄さんのせいじゃない。」

アルの声はひどく弱い。声帯が弱っているから、ほとんど声が出ないのだ。
見えないとは思えないほどの透明な瞳でこちらを見てる、でも視線はわずかオレの目からずれて。

「どんな顔だよ。」

低い声で言ってアルの頬に触れた。
頬は未だ痩けたままだった。眼窩の窪みをゆっくりと撫でる。
見えないのに、見えないはずなのにアルは時々こういうことを言った。
アルの脳裏にはオレのどんな姿が映っているのだろうか。

「師匠に、明日は地獄の特訓メニュー、って宣言された時の顔。」

アルは小さな声でくすくすと笑っていた。
微熱の収まらないアルの手は小さく、骨ばって乾いていた。





*     *     *     *     *





一日中、アルの傍にべったりついているとたまに邪魔にされる。
ボクはもう寝るんだから。兄さんがいたら落ち着かないよ。
そう言われて、オレはいったん部屋を出る。でも、すぐに気になって戻ってしまう。
音を立てないように入ると、アルは大抵寝てなどいなかった。
大きな目を開けたまま、じっと天井を見つめていた。それは昼も夜も同じだった。
アルはそんな事実などないように振る舞っていたけど、本当は睡眠薬を入れてやらないと、眠ることすら出来なかった。
眠り方を忘れているのかも知れない。それとも何か不安なことがあるのか。
寝る、と宣言しても、薬を入れていない時は何も言わずずっと起きていた。
アルは弱音を吐かない。特にこうなってからは一度も。
ただ一言、ありがとう、と言った。オレは何が、と言おうとして言葉を飲み込んだ。
出て行ったフリをして、こっそりと戻ってきた時オレは、息を詰めてアルの姿を眺めていた。
そんな時のアルは何の表情も浮かべていない。
ただじっと何かを見つめていた。
遠く、おそらく暗闇であろう世界を。淡々と。
一度たまらなくなって突然抱きしめたことがある。
アルは一瞬身体を硬くして・・・そしてしばらくしてからホッとしたように息を吐いた。
オレの髪をそっと撫でる。
「もう、兄さんたら、いたの。黙って見ているなんて悪趣味だよ。」
怒った口調で、でもその声はとてつもなく優しい。全てを許しているように。なんだかそれが無性に怖かった。





*     *     *     *     *





アルは薬を入れるとまるで気を失うように眠った。
泥のように、とはこういうことを言うのだろう。おそらく、夢すら見ない。
暗闇の中、えんえんと眠り続けて身じろぎもしない。
オレはアルの傍でいつの間にか眠っていて、目覚めると夜中だった。
伸びをして、首を回す。
アルの方を見ると、暗闇の中で淡い金髪だけが微かに光っていた。
微かに、本当に微かに、ゆっくりとした呼吸の音。
なんとなく咽が渇いて、立ち上がって部屋を出た。
病院の廊下は、夜中には大きな照明が落とされる。
ただついているのは点々と、小さな足下ランプ。
その明かりを頼りに洗面所まで行く。
顔を洗うと行き場のない焦燥が少しだけ落ち着いた。
そのまま水を飲む。そのとき、がちゃん、という大きな音が聞こえて振り向いた。
何かが割れる音。食器か・・・、いや、もっと大きい。廊下に飾ってある花瓶か。
急ぎ足で廊下に出る。
薄暗がりの中、見えたのは微かに光る金髪だった。

(・・・・・・アル!!?)

叫ぼうとした言葉は声にならなかった。
ひゅう、と息だけが鳴る。
動こうと思うのに立ちすくんで動けない。理由などわからない、痩せ細った身体で動けるはずもないのに歩いてこようとするアルからただただ目が離せなかった。

がしゃんっ。

アルが落としたのはどうやら花瓶のようだった。
廊下には大きな花瓶が飾られ、花が生けられていた。
壁づたいに歩いてきたアルはそれにぶつかったのだろう、あたりは水浸しで、花が飛び散っている。
アルは散乱した花瓶の破片を緩慢な動作でかき集めていた。
それほど粉々になっているわけではない。
集めた破片を前に、パン、と両手を打ち鳴らす。
けど、それは花瓶にはならなかった。
そのままぐしゃりと崩れる。破片が一つ足らないのだ。アルは重そうな身体を引きずり、辺りを見回した。見えるはずもないのに。けれどその先に、オレは小さな破片を見つける。ようやく、身体が動いた。震えそうになる足を動かし、破片を拾う。

「――アル。」

低い声で言った。拾い上げた破片を足す。手を打ち鳴らし錬成すると、花瓶は元の形にもどった、それには目もくれずアルを膝の上に抱き上げる。

「何、やってんだよ!!」

怒鳴りつけてやろうと思ったのに、出てきた声は震えていた。
怒りのあまりに震えているのか、無茶をしたアルを心配してなのかは自分でもわからなかった。ぐったりと重い身体は熱く、息は上がっていた。もう自分を支える力もないのだろう、胸の中に倒れ込んでくる。

「にいさん・・・?」

聞き返してくるアルの声は不安そうだった。見上げられる。確かめるようにゆっくりと身体を触ってくる。それを押しとどめて抱きしめた。

「オレだ、そんな不安がんな、何無茶やってんだよお前は!!まだ食べられもしない奴が夜中に歩き回るなんて滅茶苦茶だ!!」

「良かった・・・にいさん、だ・・・。」

オレの声には反応せず、アルは嬉しそうに呟いた。最後に入れていた力を抜く。細い指がオレの腕を捉えた。

「おいて・・・いかれたのかと、思った・・・。」

その言葉に、かぁっと身体が熱くなった。
何を言っているんだ、こいつは。
オレがお前を置いていくとでも思っているのか、そんなにオレは信用ないのか。
怒鳴りつけてやりたいのを必死に抑える。
出てきた言葉は一言だけだった。

「馬鹿。」
「うん・・・・・・。」

アルは静かに言った。痩せた身体から、心臓の音が響いていた。手で細い髪を梳くと、数本抜けて絡みついた。色素が抜けて、透けるように淡い金髪。

「オレがお前を置いていくわけねーだろ。」
「うん。」
「わかってんだろーが。」
「うん。」
「いつもは外へ出ろだの、たまにはリゼンブールへ帰ってこいだの言う癖に、」
「うん。」
「なんで、」
「うん、でも・・・。」

アルは上がってきた息を少し吸った。
腕に添えられた指に力が入った。

「知ってる、そうして欲しいんだ、本当に。ボクのことなんて、出来れば忘れてくれても構わない。そう思ってるんだ。」
「アルっっ!!!!!!!!」
「この身体では迷惑をかけるばかりで兄さんを助けてあげることなんて出来ない。足を引っ張るばっかりだ。だから、いつまででもじっとここにいればいい。そんなことはわかっているのに、なのに、」
「・・・・・・何を、」
「兄さんに置いて行かれたと思ったら、もう駄目だったんだ、苦しくて、目が見えなくたって歩ける、そしたらついていくことぐらい、頑張るから、お願いだから・・・。」
「アルフォンス!!」
「そう思って・・・ちょっと取り乱した。うん、でももう大丈夫。ごめんね。」

話をするアルの口調は相変わらず囁くような掠れ声、焦燥など何も感じさせないような優しい声。
でもオレはそういう時ほどアルが不安定なのを知っているから。

震える肩をぎゅっと抱いた。
アルの寝間着は先ほど零した水を吸って冷たい。それに従って身体も冷たくなり、熱が上がっているのもわかった。でも、今これだけは言わねばならなくて。

「アル、オレはお前の傍をぜってー離れないからな。離れろっつったって離れてなんかやらねー。なんでそんな簡単で単純で当たり前のことがわかんねーんだよ。この馬鹿!」

アルは腕の中で少し身じろぎしたようだった。見えない目をこちらに向けて、伏せた。睫毛の色素も淡く抜けているのがわかる。青白い頬に睫毛の影が伸びた。

「・・・・・・ごめんね。」

頑なに、分かった、とは言わないアルが歯痒かった。
どうしてこいつはそんなに自分の幸せを放棄するのか。いよいよ熱の上がってきた身体を抱いたまま立ち上がる。軽く咳き込んだので骨の浮いた背中を撫でた。

「オレがお前をぜってー幸せにしてやるから覚悟しろ。」

最後に耳元で呟いて、アルを病室に運んだ。返事は聞かなかった。
アルが動けるようになるのは随分先だろう、ひょっとしたら何年もかかるかもしれない。
それでも。
リゼンブールに帰るのは二人でだ、それに、もしこのまま目が見えなくなったとしても、オレがお前の目になってやる。いつだって支え合ってきただろう?
何が欠けたって補ってやるから、お前もオレの欠けてるところを補え。

力尽きたのか半分意識を失ったアルの唇に口づけた。熱い口内を貪ると僅かに眉を寄せた、その額にも続けてキスを。

オレはお前のもんなんだよ、もう、ずっと前から、とっくに。いいかげんわかれ。
ナースコールを押しながら、そう呟いた。意識を失ったアルは微かに目を開けたままで、その金色の瞳はきらきらと宝石みたいに光っていた。








上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。