すいみんせいかつ


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甘い夢、苦い毒


 徐々に体力が落ちていくのは自覚していた。
 ソ連に絶えず観察され、あまつさえ蹂躙されても耐えていた。東ドイツとは名ばかりのこと、国の体現であるとはとても言えなかった。この自分すら統制されていては。
 大体常に気分が悪く、食べ物を口にできない。
 「国」は食べ物を食べなくとも健康に支障はない筈だが、頻繁に目眩がした。
 くらくらと酩酊感、吐き出して楽になるものならいっそ内臓ごと吐き出してしまいたいほどだがあいにく吐き出すものはなにもなかった。
 蝕まれている、と思う。
 今まで周りの者に嫌われる事はあっても、これほど多くの国民から疎まれたことはなかった。
 国民から疎まれる国などあるものか、疎まれはじめれば終わりだ、国なんか。
 
 ――いっそ死んでしまいたい……。

 自分のせいではないと叫びたかった。
 こんなのは自分ではない、だから自分を疎まないでくれ。
 しかし、弟の元に行きたがる国民たちにそのように言う自信はとてもなかった。

 「東ドイツくん」

 部屋で起き上がる体力もなく、薄いベッドに横たわっていると、いつものように嬉しそうにソ連がやってきて呼びかける。

 「東ドイツくん、具合はどう?ほんっと君って嫌われてるよね!」
 「その名前で呼ぶなって言ったろ。俺は東ドイツとやらになった覚えはねえ。ドイツの一地方の体現で、お前に統治されているだけだ。」
 「またそんなこと言ってえ。いつまで意地を張ってるの?東ドイツの仕事もやってくれてるじゃない。」
 「東ドイツなど現れない。ドイツはあいつ一人だからな。だから代わりにやってやってるだけだろ。」

 ソ連は面白そうに目を細める。

 「嘘つき。だったらこんなに具合悪くなるわけないじゃない。」
 「きこえねーな。」

 ギルベルトは慎重に身体を起こした。
 ソ連はいつでも監視をつけていて、ギルベルトはそうした窮屈さが大嫌いだった。

 「今日は俺様は休日の筈だが。急な仕事でもあんのか?」
 「んー。仕事ってわけじゃないけどー。」

 ソ連はゆっくりとギルベルトの元へやってくる。
 知らず、身体が固くなるのがわかった。みっともなく震え出すのだけは避けたく、奥歯を噛み締める。

 「僕ちょっと仕事でイライラしちゃってー。相手してよ。一地方というなら、僕の奥さんみたいなものだよね?」
 「……いやだ、と言ったら?」
 「言えるの?この期に及んで?」

 近寄られるだけで、緊張で息が浅くなる。
 戦争中はこいつのことをこんなに怖れる日が来るとは思わなかった。

 「抵抗はよした方がいいよ。君が痛いだけだし。僕は嫌がる顔の方が気分がのるけど。今日は血が出ないやつがいいなぁ。毒とかどう?遅効性のやつ。苦しみと悦楽を同時に味合わせてあげる。」
 「………………。」
 「東ドイツは毒に慣れてるから効きが悪いかな?まあそれも一興だよね!駄目なら何種類かあるから端からためしてみようか!」
 「…………。」

 ギルベルトは目を伏せた。
 何を言っても無駄だとわかっていた。
 大丈夫、早々にこの国は解体する、だって国民のほとんどが俺を憎んでいるんだぜ?
 この国土も、早く弟に返して終わりにしたい。
 
 「ふふふ………。怖いの?」
 「……あきれてるだけだ。ガキかお前は。捕虜をいたぶって楽しいのか。」
 「好きだから。ギルベルト君。僕だけだよ、君のこと好きなの。」

 ソ連の大きな手が下りてくる。
 頬をなぞり、太い指が唇にふれ、口腔に侵入した。

 「……震えてる。かわいい。」
 「お前は狂ってる。」
 「よく言われる。」

 その瞬間、ものすごい力ではり倒された。
 ベッドから転げおち、反動でベッドサイドの机に頭をぶつける。
 水の入ったコップが落ちて割れた。手に触れる冷たさ。

 「イライラしてるって、聞こえなかった?」

 前髪を掴まれた。
 口の中になにやら青い小瓶が押し込まれ、甘く焼けるような熱さが喉の奥に広がった。
 反射的に嘔吐しようとしたが目の前の男がそれを許さなかった。
 咽せて咳き込む。涙が滲んだ。

 「あっ、しまった、先にこっちあげちゃった、これじゃあ声が出ないよね。」

 わざとやったのだろう、とぼんやり思う。
 イライラしているならなおさら、自分を否定する言葉をききたくなかったのだ。

 「いいことしよう?」

 ソ連の満面の笑み。
 ギルベルトはぐったりと目をつぶった。
 早く意識が飛べばいいと思ったが、それはかなわないことも知っていた。
 痛みに強い自分の身体が恨めしい。
 そもそもそのせいで、ソ連は標的を自分に定めたのだ。

 (勝手にしろ)

 声を出そうとしたが、焼け付く痛みに襲われただけだった。

 (しかし、こんなことはいい)
 (拷問なんて……殺された国民たちにくらべれば)
 (国に殺された民もいるんだ……あいつに、)

 ――それよりも、国民に疎まれることが一番堪える。

 「ふふふ……ほんとうにかわいいよね、東ドイツは。」

 ギルベルトはぎゅっと目をつぶる。
 今は会えない、自分の半身を思った。いつか、分断が解かれ、一緒に暮らす様を想像する。

 しかし、それはとても幸福で、あまりにも遠い世界のように思えた。






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